「庭にわ日記」は庭でわにが読む

十一月中に間に合うようにと、毎年恒例の年賀状デザイン&印刷係、本年度は年賀欠礼はがきの印刷係となりまして、プリンターの前で見張り番、やっと最後に自分の分も完了、せっかくなので花屋さんらしく、キキョウ形の青いお花のイラスト入り。それにしても「祖父97歳にて永眠」はなかなかほこらしい、夭折の場合と比べるとなんとなくたくさん出したい気分になってしまう。

そうそう今週は大野一雄舞踏フェスティバル、息子の慶人さんの公演はちょいと足を伸ばして横浜の先まで観に行く予定、一雄さんはとうとう99歳。
指人形 黄犬、白犬と出会う

手袋人形は手袋で作ったものをさすんじゃないの?という発言によると、どうやら指で動かす人形は、一本指のものも五本指のものも指人形ということらしい、新入りの白犬を黄犬が見つけたところ。

昨日、室野井洋子さんの美学校での踊りのワークショップに行ったのだが、ふたつのものをどうあつかうかということをためすなかで、「たくさんあるなかのふたつ」というのがあったのだが(たぶん似たようなことは前にやったこともあったはずなのだが)、ずっと私の中には「存在」ということばしかでてこなくって以前ずいぶん困っていたものに対して、こういう名づけ方があったのか〜という気分で、でもちょっと思ってみると、けっこうそのままではないかという気分になり、やっぱりことばがつくられるのはなんともいえない。
指人形 いぬ

またまた古着のセーターから、このたびは指人形、玉ネギの皮で染めた切れ端から作った、ほんのり黄色の手なし犬。

小さい頃にさんざん読んでもらった黄色い表紙のグリム童話集に「手なし娘」という話があって、腕から先がなくってナシの実を食べる話だったと思っていたのだが、久しぶりに引っぱり出して読んでみたところ、手の先っちょだけがなく、すりこ木のようになった腕を背中にむすびつけた姿であった。この話のひとつ前は「シラミちゃんとノミちゃん」、最後はみんな水につかっていっしょにおぼれて死んでしまうというどうにも仕様のない話、なぜかお気に入りでした。
瑠璃の植木鉢
練習のための湯飲み2つ・ビールジョッキ2つ・ぐい飲み2つ・お茶碗2つを作った後、作りたいものを聞かれるたびに「植木鉢!」と答えているので、植木鉢ばかりを作っていることになるが、直径や高さのバランス、縁の開き具合、下から上にかけての全体の角度、足の形や位置、などなど、けっこういろいろなかたちのものができてくる。「まずは粘土で形を作って、軽く乾かしてから薄くなるように削り素焼き、釉をかけて本焼き」という順番なのだが、釉の違いを楽しむ手前の削りがおもしろい、だんだんといい形が出てくるのでついついやりすぎてしまう、昨日も気づいたら割れ目が3つもできていた。

それにしても焼き物の展示はなかなか楽しみ方がむずかしい、東京国立博物館の「華麗なる伊万里、雅の京焼き」展に行ったところ、外側の柄が内側につながっているものがあって、赤瀬川原平の缶詰のラベルを内側に貼る(世界の梱包?)作品を思い出した。同時開催の「北斎」展は尋常ではない混み具合でさっさと退散、本館の常設展をのんびり見てまわっていると「にわとりのはにわ」があった。そうそう表慶館の入り口にいるライオンの横で撮られた自分の写真を年代違いで2枚もっていて、なんとなくこのライオンたちには親しみがある、そういえば、小さい頃、門の取っ手にライオンがついている家を探すのがなぜかすきだった、しし座生まれだからか?
手袋人形くまさん

指人形は指にはめるものだとすれば、手にはめて動かすのは手袋人形というのかなあ、古着のセーターから作ったクマの手袋人形、動かしてるとけっこう飽きない、しかもあったかい、これでもうちょっと親指と小指が別々に動くようになるか。
お試し ネルの襦袢

室内着のズボンを作った残りの布で、あったか裏毛のネル襦袢を作る、肩当てと衿は海老茶の綿モスリンで、袖は古着の袷着物の裏側を使用、ちょいと身幅がせまい気もしないではないが、着心地は抜群、仲良くなりたい肌触り、色合いもなかなかきれい、とくに黄味がかった青がよい。

このあいだ弥生美術館の「こどもパラダイス★〜1920-30's絵雑誌にみるモダン・キッズらいふ〜」展に行ったのだが、三階の高畠華宵の展示室に置いてあった本『昭和モダンキモノ―叙情画に学ぶ着こなし術』、二ヶ月くらい前に「内藤ルネ」展に来たときも開いてみたはずなのだが、このたび見ますと非常におもしろい本に見える、自分で布を選んで和装のものをつくるようになったからか、けっこうリアリティをもって見てしまっていることに気づく、まずいまずいと思いつつも、迷わず買ってしまった。
大名行列の帯

先日リサイクルショップで見つけてしまった半幅帯、大名行列が織り込んである、裏は麻の葉、額に入れて飾った方がいいかも。この行列の籠にはハートが三つの紋がついている、おそらく「三つ葉葵巴」の徳川様の行列か。昨年あたりに家紋にはまり、お墓参りにいったときにはご近所の家紋見物、なかなか楽しい。
天使のクッキーオーナメント

いつのころからか毎年クリスマスの飾りとしてクッキーを焼くようになった、レシピは私が高校生のときのクッキング部で使ったもの、文化祭でカレーとクッキーを売ることになっていて、準備期間は調理室でクッキーを焼き続け、このとき初めて好きなものでも多すぎると気持ちが悪くなるという感じを知った。このあいだなにかで読んだのだが、カッフェーでビスケットをたのんだらクッキーしかないといわれてギクッ(グキッだったかな?)としたという九鬼周造の話「九鬼がクッキーでギクッ(グキッ)とした話」というのがあった、もうひとつうなぎのでてくる話ががあったのだが忘れてしまった。カッフェーといえば、数日前に戦前戦中歌謡曲のCDセットが家に届いて、朝はクラシック音楽で、こういうのは夜に聴きたいと昭和十年代生まれの2人は話していて、その後なにやら盛り上がっておりました。
抽象パンダを飛び越えるパンダ
副業先で一緒に働いている方がご結婚するとのことで、お祝いのよせがきカードがまわってきた、一番最後なので空白を埋めてよいとのこと、その方はパンダ好きなので、せっかくなので定番のカエルではなくパンダ登場、無表情なところがけっこう気に入ってしまったので、記念に自分用カードを作成、しかもだんだんエビフライのようになっていく、よくよくながめているとブタにもなる、抽象化したらどうかと思って紙を切って置いてみたらますます鼻の穴、「抽象化を飛び越えるパンダ」。
稽古袴・女物
作りかけだった女物の稽古袴が出来上がる、先日作った男物袴と同じ生地、これも色落ちするのでほんのり指が青い。数日前に気づいたら手をこすっていて、ハエになってはじめて手袋というものがあったことを思い出す。使う前にまずは洗濯と思ったが水仕事、そうそう染物は寒い時期の方がきれいにできるとのことです。
丈の長い肌襦袢 茶の衿と袖・男物

丈の長い肌襦袢、試作品が完成。稽古着を作ろうと思って買った布がさわってみると薄くてどうやら来年の夏までは出番がない、とりあえず稽古着用に断って残った分を、襦袢の衿と袖にしてみたところ、なかなかよろしい。

宮沢賢治の『チュウリップの幻術』のなかにキャラコという言葉が出てきて、家になぜかある繊維事典をみてみたら「金巾」と書いてあった、ちょうど手元にシーチングとモスリンとブロードと晒しがあったので見比べてみる、こういう繊維素材言葉って手作りの時代には日常語だったのだろう、だから童話にも出てくるにちがいない、さてはこういうのが時代考証というヤツか、衣料品屋の息子の子供でよかったよかった。このまえ宮沢賢治がでてきたのは『やまなし』がきっかけ、かにの兄弟の幻灯の話、もうすぐ12月。
ジャグリング用お手玉

すっかり忘れてしまいそうになるが、数年前にパソコン教室の先生をちょこっとやっていたことがあって、近所の主婦や高齢の方、仕事帰りの方、学生さんなど、初心者の人を対象にした教室で、といっても基本的にはビデオ学習で、それでもわからなかったら生徒さんと一緒にその課題をこなすというかんじのもので、重要なのはパソコンの知識ではなく、相手にわかるように伝えることで、「クリック」ではなく「トントン」であるとか、「di」は「ぢ」だとか、そういう速度についていくという仕事であり、その人が使わなければならない、もしくは使いたい機能だけが使えるようになるのだということはよくわかった。

自分でホームページを更新したいとのことで、知人の芸人キシタカさんにパソコン教室、先日の大道芸ワールドカップでは本年度から和物の芸にチャレンジとのこと、久しぶりに会ったらやっぱり着物姿、最近は和傘を雁の柄の風呂敷に包んで江戸神楽のお稽古へ行くらしい、そうそう以前にジャグリングを少しだけ教えてもらったときに作ったお手玉、中身はお米、ぎっしりつめてあるので非常食にいいかも、ジャグリングの方はあまり上達していないので。。。
真鍮ワイヤーオーナメント☆

ご注文の赤いビーズの星型オーナメント5つ完成、色違いもついでに作ったので記念撮影。

昨日たまたま「どうだんつつじ」という植物の話が出て、秋は紅葉、春は白いぼんぼり形の花が咲く花木で、「満天星」という字を書くこともある、宮沢賢治の小説かなにかに出てきたのでたまたまこの字を知っていたような気がして、本棚をみて見ると、一冊だけあった宮沢賢治の文庫本は「チュウリップの幻術」というチュウリップ酒を飲むはなしを読むために手に入れた本だった。その本を開く前に読んでいた保坂和志の『小説の自由』に、ちょうど「幻想」の話がでてきて、実体がないものでなおかつ心のプロセスになってしまっているものうんぬん、図書館へ返さねばならない本なのに、こんな速度の本は二週間では読みきれない、やっぱり買っちゃおうかなあ。。。
瑠璃の鉢

先週は久しぶりに陶芸へ、瑠璃の釉をかけた植木鉢が焼きあがっていた、思っていたより濃淡が出ていてびっくり、日が入ってくるところで写真を撮ったら陰影まで入ってしまい、なんだかものすごい雰囲気。こうしてみると、青は闇に一番近い色で、黄色は光に一番近い色であるというのも、なんだかやけに納得してしまう。
五円玉アンクレット

ひさしぶりに木場の東京都現代美術館へ、手前の木場公園は紅葉がきれい、駅からの道のりは木場公園の中を通って紅葉狩り気分、緑の相談所の隣にある庭園でしばし休憩、花壇を眺めつつの大階段、道路と川を見下ろしながら大橋をわたって、ようやくたどりつく。で、まずは「イサムノグチ展」、「子供のためのガイドブック」なるものをみながらひとまわり、ブロンズ彫刻が影絵のようで回りをぐるぐる歩いているとあきない、公園の模型などなどを見ていたら荒川修作の養老天命反転地のことを思い出す、やっぱりいちばんきれいなのはあかり、以前に『陰影礼賛』という谷崎潤一郎のエッセイをモチーフにしたあかりの展示を見たときに、日本家屋の障子越しに日が昇って日が沈むというだけのものがあって、住宅関連の展示でもこんなおもしろいことができるのかと感心、イサムノグチのあかりシリーズも印象的だった。次に「東京府美術館の時代1926〜1970」、こちらはむちゃくちゃ空いていたのだがこっちの方が断然おもしろかった、大正15年の展示はけっこうモダンな雰囲気、MAVOの宣言文もあった、読売アンデパンダン展のところでは赤瀬川原平の大きな聖徳太子のお札と梱包もあり、中西夏之の洗濯バサミもあり、満足満足。さいごに常設展示、「1920年代の東京」《新東京百景》の版画は私なんかより高齢の人がみたらもっとおもしろいにちがいない、船越桂の彫刻の斜めうしろに並んでみたり、宮島達男のデジタルカウンターは裸眼でみるとまた別のおもしろさがあるのを発見。帰りがけにミュージアムショップで『住まいのことのは手帳』を購入。都の財政難から展示にしわよせがきたなどなどといわれているが、もうちょっと安いといいんだけどなあ。。。

忘れるところだったが写真の「五円玉アンクレット(足首につけるアクセサリー)」、5年くらい前に現代美術館の地下室でちょこっとパフォーマンスしたときに使用したもの、思ったより音が出なかったのでたぶん誰にも気づかれなかった、焼き豚用のひもに五円玉を編みこんで作ったもの。
プテラノドン

知り合いでわりとご近所にお住まいの電気音楽家からひさしぶりに連絡があり、講師をしている音大での演奏会実習のお話を聞く。そして思い出したのだが、数年前に別の方の関連で、授業でパフォーマンスをやるという企画(「Hack the classroom」だったかな?)に参加させていただいたことがあって、その時は「何でもいいから壊せばいい」というのが主催者の考えのように思え、非常に違和感をかんじ、そしてそれがうまく伝えられず、いやな気分だけがのこった(当時は「世代の違い」ということで片付けていた)、「『壊したら創る』ということをつづける」ということをしたいと伝えたかったのだと今になって思う。

さてこの電気音楽家、私が図書館の本を見て作ったプテラノドンのぬいぐるみを見た後、以前に作ったという「プテラノドンと私」という曲のCDをくれた、聴くとひじょうにかわいらしい曲、それにしても、目に見えないものを音にするというのはなかなかおもしろい。
稽古袴

稽古着につづき稽古袴も完成、お渡し日の約束に間に合ってほっと一息、ちょっと色落ちする布だったため今度は指が青い、先日の玉ネギ染めで黄色くなった指を見て、小さい頃に上の兄と一緒にミカンを食べすぎて手のひらが黄色くなったのを思い出したが、あれは本当に黄色かったのだろうか、皮のむきすぎだったのかなあ、それにしても「緑の指」というのは植物を育てるのが上手な人のことをいうのだが、「青の指」「黄色の指」とはこりゃいかに。さて袴紐の結び方、このたびは武道具カタログにも載っていたたたみ方で、名前はよくわからないのですが、引っ張るとすぐにほどける結び方(たぶん「出世だたみ」「女だたみ」というものかと、結び目1個のものが「石畳」「男むすび」「井桁むすび」というらしい)。
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前作はウッディなつり輪が素朴な雰囲気でしたが、このたびはメタリックテイストで、つり輪の直径は12ミリのフェアリーサイズ、つり革マニアは大井町へGO!

ボタン

朝一番のご依頼がボタンつけ、セーターと同じ色のボタンがついていたのですが、なにかきれいなのがあったら付け替えたいとのこと、こんなときは数年前に東急ハンズで買ったボタンの色見本サンプルがぴったり、同じ形で全てが色違いというのはなんとも心くすぐられるもので、お花の形の同系色がちょうどよい大きさ、う〜ん満足、花屋さんにはぴったりのセーターとなった、今度貸してねお母さん。
稽古着の袖下と身頃のつなぎ目

見よう見まねで適当に作ってしまった前作の稽古着、今度は和裁の本を開きつつ、かつ、いただいた見本の稽古着も広げつつ、無事に完成。和裁本の男物単衣長着のページに、女物との違いで「袖は袖付けを多くし、振りはあけずに縫い合わせます(縫い合わせた部分を人形といいます)」と書いてある、そういえばこの「角っちょ」がある稽古着も見たことがある、というわけで今回は「人形あり」の稽古着となりました、なんで人形というのか気になる。。。

玉ネギの皮で染めた足袋と布ナプキン

貯めていた玉ネギの皮がスーパー袋にパンパンいっぱいになったのでとうとう実行、それらの皮を家にあるいちばん大きい鍋に入れグツグツ煮ていると、赤茶色の液体が出るわ出るわ、こりゃお楽しみ、以前にお正月の残り物のきんとん用のクチナシで染めて色が抜けてしまった足袋、そして無漂白ネルで作った布ナプキン、これら綿類は事前にご汁のかわりに成分無調整の豆乳で漬けて干してあるし、あとはぬいぐるみの材料になるセーターの袖やら身頃やらのウール類、それらを少しずつ順番に入れてみる、その後は漬物用のミョウバンをとかした媒染液に入れて最後に水洗い、ちょっと料理っぽくもあり実験っぽくもある、気づくと右手のひら側と指の第二関節までが黄色い、お風呂にも入ってはみたがすでに手遅れ、それくらいよく染まる玉ネギの皮、捨てたもんじゃない。
柿の種

いただきものの熟れ熟れ柿をおいしくいただいたところ、残った種が柿ピーの柿の種にそっくり、種といえば最近読んだ「漂着物事典」にもいろいろな種が出ているが、よく海で出会うのはやっぱり梅干の種、そう、この本の最後が「ワニ」なのであるが、シャチの頭骨はワニを彷彿とさせるものがあるとのこと。
クリスマスプレート

毎年うちのクリスマスのオーナメントめあてに二駅先から自転車で来てくださるお客様が、ついに昨日ご登場、クリスマスグッズ一式を引っぱり出しはしたのだが、まだまだ飾り付けまでいたっておらず、恒例のライトもまだ巨大なクマのトピアリーのみ、飾り用のクッキーも焼かなくちゃ、そして、今年の新作は?ときかれ言葉につまる。一式の箱を開けながらこれまでに毎年毎年作ってきたものが出てくるのを見ていると、いったいだれが作ったのだろうと思うくらいにかわいらしいものが出てきてうっとり、しかもすっかり忘れているので新鮮な気分、これだから作業がすすまない。
キノコを寝食いのわに
わにと同じネルの生地で部屋着のズボンを作った、せっかくなのでフコフコ面を裏にして冬仕様、こういうのを衣料品専門用語では裏毛(うらげ)と呼ぶらしい。眠りながらキノコを食べるわに、こういうのは寝食い(ねぐい)と呼ぶらしい。
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大きな半紙一枚をそのまま使用、なかなかにぎり心地のよろしい花束、薄墨なところもかえってきれい。
ウニの殻とミユルの前足

10月の最終日、ミユル堂へ納品に行こうと江古田駅の改札を出て階段を下りると、浅間神社の前でチラシを配っていて、なんか母校の名前がちらっと耳に入ったのでなんとなく手を出してもらってみると学園祭のトークショーの告知、そういえばそろそろそんな時期であったか。母校の学園祭といえばなぜかその筋では有名だったらしいポエトリーリーディングは以前に数回行ったことがある、ダンスと詩のコラボレーションをやった年はなんとも贅沢な時間であったなあ。。。などと思い出しているうちにミユル堂へ到着、納品ついでにお楽しみの店内散策、前回納品したミユルの前足が映画のチラシとともにボードにくっついているのを発見!そしてカエルの箱(捨て猫ちゃんぽくってなんともいえない雰囲気)にPOPがついていて、トピアリーワイヤー共々カエルコーナーに仲間入りしているのを発見!この日は以前に来たときから気になっていた金子光晴の文庫と、一目ぼれの『漂着物事典 海からのメッセージ』なる古本を購入、古本と手作り雑貨が一緒においてあるミユル堂にはついつい心をくすぐられてしまう。

帰りの黄色い電車で雑貨部長さんにいただいたチョコレートをつまみながら漂着物本をひらくと最初に分類が書いてあり、「漁業関係、農業関係、日常用具、宗教(信仰)関係、その他」となっていて、以前に伊豆の海で宗教関係の木片をあやうく拾いそうになって一緒にいた友人に止められたことを思い出した。

写真は房総の海で拾ったウニの殻と、無漂白コットンネルで作ったミユルの前足(肉球は淡水パール、ほっぺたに当てて触感を楽しむためのものです)、次にミユル堂へ行ったときにはどんなものが漂着しているのでしょう、わくわく。
千鳥柄の千鳥のコースター

千鳥の柄をながめていたら、千鳥柄の千鳥が見たくなり、作ってしまったコースター、なんだかエッシャーのだまし絵のようだなあと思って、数年前に年明け特価で半額以下で買ったエッシャーの絵が入っているスケジュール帳を引っぱり出してみたところ、表紙にある絵が、シンメトリーのわに絵から這い出てきたわにがぐるっとまわって絵にもどっていく絵で、そういえばこのシンメトリーの絵ってトカゲかなあとずっと思っていたのだが今日見るとわにでもあったということが判明(というか、わににも見えてしまうような目になってしまったことが判明、本当はどっちなのか?)、パラパラめくっていたら鳥が魚になったり魚が鳥になったりする絵(「sky and water」)があった、なんか三木成夫の『胎児の世界』みたいだなあ、そうするとわには魚類と鳥類のあいだだしなあ、そして鼻歌はもちろん中島みゆきの「空と君のあいだに」(題名あってるかな?と思ったらやっぱりちがってたので訂正)。