
依頼主に試着してもらった後の股下お直しを終えて、やっと完成。特大男物は、自分で試着しても、良いのか悪いのか、あまりよくわからない。とりあえず、股下は長めでよいことはわかった。こうやって上達するのでしょうね。

ここのところ、だれかのものばかり作っていたら、なんだか自分のものを作りたくなっきて、ウールの古着物を解いてスカートに。他人のものを作るのはとても楽しい、自分のものを作るのもやっぱり楽しい。昨日はお手伝いをしている朝日カルチャー武術講座の今期最終日、最終回は講座後には助手おごりデーになるのをすっかり忘れていた、ごちそうさまでした。

やっとここにきて、植物を見に来るお客様が増えたとのこと、配達なんかもあったり、めでたく園芸シーズン到来か。あたたかくなってくると、あみぐるみってどうなのだろう、と思いつつ、空色っぽい毛糸で作ってみたりして。

部屋の片づけをしていたら、使いかけのスケッチブックがでてきて、そうしたらきゅうになにか描きたくなり、片付けもてきとうに切り上げてお絵かき。ペンがすすむようにうにょうにょと線を描いて、さいごに目があるといいところに点をうつ、あっというまに15枚のおばけちゃん。そういえばやたらと絵ばっかり描いていたころがあったことを思い出した。色つけはまた次回。

岩波ワイド版用ブックカバーのご注文を受けまして、稽古着を作った残りの綿紬を使って制作、閉じひもをひっかけるボタンの糸が「Z」なところと、しおりひもの先に「わっか」がついているところがポイント。本の厚さによってサイズの調節も可能です。いつも連れて歩く本に服を着せるのも、なんだかいいですね。

来月開催予定のミユル堂での「つり革フェア」、つり革雑貨と一緒に販売予定のanother waniさんのDCを受け取るべく、昨日のライブに行ったところ、sunajiiに遭遇。で、フェア用の展示つり革なのですが、先日、原美術館の「オラファー エリアソン 影の光」展で、透明のわっかに光を当ててそのわっかが動くことで壁に映る光の色や形が変わっていくというような装置があって、どこかに透明つり輪はないかなあと思っていたら、忘れた頃になって、一昨日たまたま手芸用品店にて発見、さっそく試作。部屋に差し込む陽の光をあててみると、色は変わらないけれど、光が動いてけっこうおもしろい、利用方法は不明です。「にわにわに〜ず」展(4/5-4/24)開催中には雑貨屋ライブも予定しております。

先日、ふと、あちらの世界の兄のことが頭にぽこっとうかんできて、なんだろうなあと思っていたら、妙な夢を見た。それがちょうどお彼岸の入りの日であったことに、今日になって気がついた。本日、桜の花を発見、「暑さ寒さも彼岸まで」だといいのだけれど。

久しぶりに植木鉢が人の目にとまり、観葉植物を植えられて、もらわれていきました。それにしても、やっぱり植物が入るといい、とくにうちの植物はいい、さすがはうちのオーナー、手間のかけ方がちがう。そういえば今年に入ってから、なんだかバタバタしていて陶芸に通えていない、そろそろ行こうかなあ。。。

とうとう今週からミユル堂での展示がスタート!の予定なのですが、いまだに制作中。机の上にはさくら色のへにょらりんボディーがごろごろ、昨日手に入れた下駄の鼻緒も同系色、なんだか妙になじんでいる。「さくらさくら お花見へにょらりん」

紺地に渋い緑と細い白の縦縞。綿つむぎの反物を水通しして作ったもの。ご依頼主は背が高く、やっぱり腕も長いので、身幅は反物幅いっぱいに、袖は剥いで長くすることに。でき上がってためしに袖を通してみると、なんとも大きい。寸法はあっているのか、ちょっと心配になってしまった。他人のサイズの衣服を着るのは、なんとなくちょっと楽しい。

指人形を気に入っていただいた方からお送りいただいた、古着の黒いセーターを使って、黒くまの指人形をつくろうと思っていたはずなのに、途中で変更、おっとせい。以前にミユル堂で買った『ちくま日本文学全集 金子光晴』に載っていた、店長さんおすすめの詩「おっとせい」の最後の数行を読み、なんとかして「むかうむきになってる おっとせい」を作れないものかと思ったのだが、その時の試作品は失敗、わすれたころに、ひょっこり出来上がってしまった。
だんだら縞のながい影を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、拝礼してゐる奴らの群集のなかで、
侮蔑しきったそぶりで、
ただひとり、
反対をむいてすましてるやつ。
おいら。
おっとせいのきらひなおっとせい。
だが、やっぱりおっとせいはおっとせいで
ただ
「むかうむきになってる
おっとせい。」
(昭和12年8月))

以前に、大学の授業でパフォーマンスをやるという企画にたずさわっていたとき、その会場である体育館のような場所に、黒いビニール革の正方形の座布団が大量に山積みになっているのを見て、無性に全面に並べてみたくなり、そんな作品を発表することとなった。テーマはなぜか「戦争と平和」、シュトラウスが流れる中、オセロゲームのように座布団をひっくり返すのだが、裏も黒いので、けっきょくは黒一色、敵のいない戦い、そんな日々であった。作品名は『from day to day (未来は聞かないで)』。

昨日、よく行く切り花屋さんで、枝を落とした残りのようなミモザを発見、そういえば日差しが春になっている。

副業通勤先の仕事内容ががらりとかわりつつあったここ一ヶ月半くらいは、なんだか波乗りでもやっているかのようであったのだが、昨日、おそらく(というか、そうであってほしいのだが)最大級のビッグウェーブがやってきて、そして引いていった。家に帰ってからは黙々と制作作業、できあがったへにょらりんを見て、妙に落ち着いた気分。イリイチとサンダースの共著『ABC』なんとなく最後のページまで到達、最後の追記「沈黙とわれわれなるもの」を読む。このたびのへにょらりんは葉っぱの翼がついているので後姿。へにょらりんの言語体系には「われわれ」ということばはたぶん存在しないが、おなじような概念は存在する、ということにしておこうかな。

「箱のスペースを借りて、そこに自分の置きたいものを置く」というスタイルのお店があるのですが、お店に入ると、陳列棚ばっかりが目立っているようで、なんとなく店内がおもしろくない。使用規則にも「箱からはみ出さないように」と書いてあったりする。そんなわけで、レンタルボックスではなく委託販売のお店を選んだのだが、以前そんな話をミユル堂の店長さんとしていて、「はみ出していいレンタルボックス」っておもしろいなあとかいっていたのを思い出した。
今月の中ごろから、ミユル堂で小さな連続展示の第一弾を開始の予定、年間スケジュールもしっかり組んで、企画書も出してしまってある。な〜ににしよっかなあ。。。
赤瀬川原平『自分の謎』を図書館で発見、以前に読んだ『ふしぎなお金』の続編のようで、あっというまに読み始めてしまった。あとがきにあった「もじもじラインを繋いでいく」というのは、なんとなく著者らしい気がした。同じような内容でも、永井均『<子ども>のための哲学』や、鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』を見つけたときは、それでもやっぱり身近な人が読んでくれそうには思えなかったが、この本ならそれほどでもない気がする、どこな目に付くところに置いてあれば、ついつい読んでしまうかもしれない、読まれ率は高そう。「瞬間自分率」ということば、妙に印象的。





